私が11歳の時にアルコール依存症で死んだ母。あなたは私を愛していた?

どうも、みきこです。

 

私は子供の頃、波乱万丈な日々でした。母に振り回された人生でした。

 

そんな母が死んで、もう17年になります。

 

 

少し、話を変えて。

私の友人で、子供に愛情をかけられない人がいます。

 

2歳の子を持つお母さんです。

私も2児の母。同じ『親』という立場から見て、こんな風に感じました。

 

甘えた考えの友人を見て、「親も子供の頃に愛された記憶が必要なんだ」と考えるようになりました。

 

 

私はどうでしょう。

 

母はアルコール依存症で死んだと書きましたが、他にも、不倫して借金も作って

家庭をめちゃくちゃにしてきました。

 

最後はアルコール性神経障害で脳に障害が残り、植物状態が1年続き、他界しました。

 

辛い記憶が山ほどです。

 

でも不思議と、愛されたと思えるんです。

私の人生で必要な分は、ちゃんと愛情をもらったと感じています。

 

 

 

本当、不思議ですよね。

めちゃくちゃな母だったのに。

 

 

そんな母と娘の絆について、波乱万丈な過去を振り返りながら綴っていこうと思います。

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お母さん、私を愛していた?

美人で明るい性格の母

「若い頃はすれ違う男みんなが振り向く程の美人だった」という自慢話を、幼い頃から父によく聞かされました。

目鼻立ちがくっきりした母は、天真爛漫で、男性からモテモテだったそうです。

 

馴れ初めは、父の一目惚れが始まりでした。

 

30歳で父と一緒になりますが、子供に恵まれず、2度の流産と死産と経験します。

料理が好きだった両親は、夫婦で居酒屋を経営、店の人気も順調だったそうです。

 

もう子供は諦めようとしていました。

そんな時、3度目の妊娠が発覚。

 

40歳の時でした。

 

居酒屋経営では無事に子供が産めないと判断し、母は1から作り上げた自分の店を閉め、仕事をやめました。

 

父は会社員になりました。

 

こうして2人は子供のために何もかも変えました。

 

41歳、出産。

 

その一人娘が私です。

一人娘を大切に大切に育てた母

もう、待ちに待った、待望の赤ちゃんです。

 

そりゃ人一倍可愛いです。

母はたっぷりの愛情を娘に注ぎました。

 

といっても、私も赤ちゃんの頃の記憶は無いので、写真に映る母を見てそう感じています。

カメラ好きだった父は沢山写真に残してくれました。

 

母が一番幸せそうに笑っていたのは私が0歳から3歳までです。

 

いつも私を抱きしめ、顔を近づけて笑っていまいした。

 

しかし、分かりやすく溺愛していたのは3歳までの話。

 

幼稚園に入園する頃、私は大のパパ好きに成長していました。

母が嫌いだったわけでは無いです。

 

父は遊び方が上手で、兄妹が居ない私にとって父が仕事から帰ってくるのが一番の楽しみだったからです。

 

そんな私を面白く思わなかったのか、子育ての可愛さのピークが過ぎたからなのか、だんだん娘から離れていきました。

 

私は更にパパっ子に磨きがかかり、母を困らせる存在となっていきました。

 

小学校1年生になって、「私は娘と気が合わない」と言われ、ショックを受けました。

 

いまだに思い出しても胸が痛むので、自分の子供には絶対言わないフレーズとして教訓にしています。

48歳で居酒屋を新たに構える決意をした母

小学校2年生のある日、母と父に「お店を始めるけど、いいか?」と問われました。

 

良く分かっていなかったので、「うん。」と返事しました。

 

それから寂しい毎日が始まりました。

 

銀行に資金を借り、夫婦でまた居酒屋を経営。

 

私は毎晩、両親と離れ離れに過ごしました。

 

その間ベビーシッターに面倒を見てもらいましたが、あまりに寂しいと泣くので、困り果てた両親はワゴン車を購入。

 

店の前に駐車し、ワゴン車の中で店が終わるのを待つという日もありました。

 

 

寂しくて寂しくて、「行かないで!!!」と泣いて叫んでも、両親は振り返る事無く店に入っていった後姿。

 

今でも鮮明に思い出します。

 

 

(というか、車内置き去りってかなりやばいぞ、うちの両親。今の時代なら完全アウトや…)

49歳で店の客と不倫、家に帰らなくなった母

店の経営はうまく行きませんでした。

 

大赤字で、ローンの返済どころか生活すら危うい状況が続きました。

 

話し合いの末、店は母1人に任せ、父はトラックの運転手になりました。

 

そして、1人店に立つ母は「キタムラ」という男の客と急接近。

 

不倫の始まりです。

2人は店をラブホ代わりにしてました。

 

今思えば、キタムラは母に金を使いたく無かったんでしょうね。

 

安い扱いを受けていたのに本人は気が付かず。

 

ついには家に帰ってこなくなりました。

 

父と私で、何度も迎えに行きました。

 

鍵のかかった店のシャッターをガンガン叩いて、キタムラから母を連れ帰りました。

 

それでも母は不倫相手を選び、何度も家族を裏切りました。

 

 

 

(鉢合わせの修羅場があった後でも店でイチャつく母&キタムラ。

学習能力の無さよ…そして父。

ねぇ、なぜ離婚しなかったんだい?ほんと考えるほど全員謎。)

数か月後、閉店。不倫相手に逃げられた母

多額の借金を残し、店は閉店。

 

事業失敗です。

 

ラブホ代わりだった店も無くなり、キタムラは母を捨て音信不通になりました。

どこも行く当てもない母は家族のもとに帰ってきました。

 

不倫相手の幻覚が見える母

突如、神が見えると言い出し、しばらく経って神の名は「キタムラ様」になり、不倫相手と同じ名の神様に向かって1日中祈りを捧げるようになりました。

 

祈り方は様々で、何時間も天に向かってブツブツ唱えていたり、一日中塩をフライパンで焼いていたり、玄関に卵を何十個もお供えしたり。異常行動は日に日にエスカレートし、ゴミを縫い付けた服を着て、ツバが汚いからと大量のティッシュを咥え、見た目も変わっていきました。

 

 

1番残酷だった祈り方がありました。

 

細かい字を、鉛筆で、家の壁に上から下までびっしり書くのです。

 

何を書いているんだろうと思って近づきよく見てみると、小さな文字で「キタムラ様キタムラ様キタムラ様…」と名前だけで壁一面埋め尽くしていました。

父と一緒に消しゴムで消しました。

 

 

っていやもう本当、どんな祈り方やねーーん!!!

 

アルコール依存症になり、倒れた母

キャッシュローンを使って、無断で借金もするようになりました。

 

店の借金もまだ残っているのに、家計は更に追い込まれます。

 

父は母を入院させようと精神病院に相談しに行きます。

 

しかし入院費を聞いて愕然。

 

そして、全てを背負いきれなくなった父は、助ける事を諦めてしまいました。

 

次に母は、祈りになるから…と、お酒ばかり飲むようになりました。

 

そして、私が10歳の時。

急に起き上がれなくなり、言葉を話せなくなり、いきなり身体が言う事を聞かなくなりました。

 

アルコール性神経障害です。

 

アルコール依存症患者が起こりやすい、栄養失調からくる脳障害です。

救急車を呼び、緊急入院。翌日、呼吸も止まってしまいました。

 

一命を取り留めるも重い脳障害が残り、食事も排泄も身体を動かす事も出来なくなりました。

 

植物状態です。

 

点滴を打って、ベットの上でじっとしているだけ。

 

 

まるでミイラのように、ガリガリな姿になっていきました。

 

 

52歳で母は死んだ

父は我に返り、借金返済の為にやっと動き出します。

 

母も回復すると信じて、弱みも吐かずしっかり前を向き直しました。

 

しかし、努力も虚しく。

倒れてから1年後、気道に痰が詰まった事が原因で、窒息。

 

母は52歳でこの世を去りました。

 

 

母と娘の思い出はこれで終わりです。

 

 

「可哀想な子」となった私は沢山の大人に同情された

母が死んで、小学校6年生の女子だったこともあり、先生や友達のお母さんなど、沢山の大人に同情されました。

 

私は同情に素直に甘えました。

友達のお母さんに母を重ね、自分も本当の子供のように接してもらいました。

 

母に愛されてなかったと認めるのが怖くて、周りの大人に貰えるだけの愛をわけてもらいました。

こんな過去でも愛を感じる事が出来た理由

29歳現在、母になって分かった事

本当に、本当に沢山の人に支えてもらい、成長してきました。

あるお母さんには高校3年間お弁当を作ってもらい、あるお母さんには友達と一緒に習い事の送り迎えをしてもらい、あるお母さんには成人式の振袖を一緒に選んでもらい。

 

書ききれない程、数えきれないほど多くの人に心配していただき、力になっていただき、優しくしていただきました。

 

同情から入った形だとしても、沢山の愛をうけて大人になりました。

 

そのお陰で心が安定しています。

 

「親も子供の頃に愛された記憶が必要なんだ」と悟った現在。

母自身も愛情不足で、娘より不倫相手に行ってしまっただと今なら分かります。

 

許されませんけど。母も辛かったと思えるので何とも思ってません。

 

 

それに、沢山の人に支えてもらえたのは母のお陰でもあります。

 

 

「自分は愛されて育った」と気が付けるかどうか

私は母から沢山の愛をかけてもらえなかった分、沢山の人から愛をいただきました。父だけでは埋められない愛情でした。

当たり前じゃなかった。

 

だから強く感謝を感じ、気が付く事ができたのだと思います。

 

母も周りの人間に沢山愛されて生きてきたはずです。

 

私と違うのは、それに気が付くことが出来なかった。

 

自分はしっかり愛されたと気が付けたら、不倫に逃げなかったかもしれません。

 

いつまでも娘に愛情を注げたかもしれません。

 

 

 

めちゃくちゃな母だったけど、私が愛された記録はここにあります。

 

 

絆は見えない。そんなことより、自分がどう思うかが大切だ

私と母に絆はあったのでしょうか。

 

そもそも、母は私の事を愛していたのでしょうか。

 

答えはイエス。

娘がそう感じるんで、誰にも何も言わせません。

 

自分が愛されたどうかは、自分が決める事。

その認識があれば、親になって子供と向き合う時、迷ったりしないと思います。

 

 

 

これを読んでくれている人で、子供に愛情をかけられなくて悩んでいたら、、、

 

まずは自分と向き合ってみてください。

 

愛をうけて育ってきたと気が付けたら。

 

同じ愛を子供に注いであげてください。

 

 

▼その後の私の人生はこちら(23歳で逆プロポーズしました)

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2017.9.25
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